当たり前が当たり前になったら、一個下の生活をしてみよう
毎日毎日、当たり前のようにこなし、
当たり前過ぎて「便利」「恵まれている」という感情が気薄になる事があります。
例えば…
ぼくが住む札幌。
札幌と言えば?
ジンギスカン!
いやいや…
味噌ラーメン!
いやいや…
雪!
そう雪。
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当たり前が当たり前になったら、一個下の生活をしてみよう
11月頃から降り始め、
車道と歩道の栄目がわからないほど、
雪がわんさか降ります。
そんな札幌で、
春夏秋を自転車で移動していたとしよう。
歩くより楽に速く移動できるため、
移動は自転車を使う人が多くおり、
シェア自転車もチラホラあります。
毎日毎日、自転車で移動していると、
体力の使い方や、
時間の見積もりの仕方も「自転車に合わせた」やり方になります。
こんな便利な物を使っていても、
当たり前が当たり前になってしまうと、
便利な物に対しても不満に思ってしまう人も多いことでしょう。
やれ信号が…
やれ駐輪場が…
などなど、最初の感動は宇宙の果てに行ってしまうでしょう。
だけど、ここで気づかせてくれるのが札幌。
雪が降れば自転車が使えなくなり「自転車の便利さ」を再発見させてくれるんです。
自転車なら○分で着くのに。
歩くの大変。
などなど。
当たり前が当たり前になっても、
一個下の生活をすると、
今が恵まれている!と気づけるんです。
便利な時代だからこそ、
敢えて不便な生活をしてみる。
キャンプ嫌いのぼくが、
キャンプに頻繁に行くのは、
実はそういう事だったりします。
今使っている「便利な物」を一日だけ、
一個下の物「不便な物」にしてみてはいかが?